| 2006年11月01日(水曜日) | ||
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| 6時に起床して、ココアを飲みながらメールのリプライなどをしました。今日から職場が変わるので、忘れ物と時間に気をつけながら、寒さに耐えながら、ネットサーフィン。 今日から勤める職場は、7月まで一年ちょっと働いていた場所で、今日は何度となく「お久しぶりです。今日からまたお世話になります」というセリフと言った。その職場では今日から新たな制度、部分的に別会社の請負をするらしく(詳しくはしらない)、同じ職場に二つの会社がある不思議な雰囲気。しかも昨日まで同じ会社の作業着を着ていたのだから、まだとまどいがあった。今日から入った僕にはあまり関係がない。 三ヶ月前までいた職場とあって、即戦力と言われたが、僕はもうその三ヶ月前の経験は古いと思っている。今でも通用するとは考えていなかった。それが安全側の予測だと思う。 それでも午前中で、なんとなく作業をする感覚、などがよみがえった。何より、まったく知らない人に囲まれた、そんな状況でなかったのが良かったのかと思う。いい人が多い職場だ。 帰宅してから、夕食もとらずに一時間ほど小説を二千文字ほど書いて、合間に段ボール機関車の塗装もした。十時には寝る予定なので、それまでちょっと読書とネットサーフィン。 そろそろ友人M岡氏の新曲が出来るらしい。週末にでも伺ってみよう。 そろそろ友人S崎氏の愚痴がメールされる。明日にでも暴送族と文句言ってやろう。 まだ工作に関しては素人同然だ。 現在働いている職場は、精密測定機器の組み立てをしている。その職場での面接で、趣味が模型工作と答えると、だったら大丈夫だ、と言われた。 配属された職場では、製品の組み立てをする。生産的なルーチンで、デスクワークよりかは楽しいが、決して創作作業でも工作とも違う。ましてや芸術とは全く違う。 何が違うか。 まず、組み立てと工作との違いは「破壊を伴うか否か」である、と思っている。ただ部品をくっつけたり、ネジを巻いたりするのは生産的なだけで、削ったり穴を開けたり切ったりと破壊を伴っていないから、工作とは違う。 そして芸術は、まだ漠然としていて自分でもはっきりと定義できていないが少なくとも「無駄」なことだと思っている。無駄な事をするのは人間ぐらいだろう、だから人間は芸術品を生み出せると思う。 |
| 2006年11月02日(木曜日) | ||
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| 6時起き。昨夜、寝ようと思ってベッドに入ると鼻が詰まってくしゃみが出て頭痛がしだして、風邪気味になった。なかなかなつけず、薬を飲んだ。そのおかげだろうか、起きたらスッキリとした体調になった。二日目からいきなり欠勤にならずに良かった。 朝はほどよく寒い。まだ身震いするほどではない。昼は、ついついウトウトしてしまう暖かさ。だが夕方頃になると寒くなった。けっこうな温暖差があるな、と感じた。 帰る途中に、二カ所ほど書店を巡って、森博嗣氏の新刊を探したが、なかった。発売から三日たっているのだが……。これだから地方の書店はキライなんだ!! 帰宅してシャワーを浴びてから、ちょっと塗装をした。順番が逆なような気がするが……。中断して、ひさしぶりに夕食を食べて、ネットで書店を巡って本を探した。書店になくともネットではたいてい有る、そしてなにより探しやすい。検索すれば五秒で見つかる。これだからネットがスキなんだ! 夜八時頃に、友人M岡氏の自宅へ。ずいぶんと体調を崩しかねない様なスケジュールの仕事をしているらしい。日勤と夜勤を四日でローテーションするらしい。僕には無理だ。 それから恋愛の話を色々。短編が三つぐらい書けそうな話をした。あぁー、若いな。 工作をしていると、道具の力というのに何度も感動する。電動機器なんかは、初めてつかった頃は、涙が出そうになるほど感動した。今間で三十分ぐらいかけて穴をあけていたのに、電動だと一瞬なのだ。空しいような、もっと早くに出会っていれば、すごい! と様々な感想が巡る。 道具の中で、初期の段階で重要な役割を担うのは「物差し」だ。その中でも「ノギス」は、現在工房の中で一番活躍しているだろう。 そのノギスは昨年ミツトヨ制のものを購入した。購入を決意した理由は「インチ」と「ミリ」が計れる、しかもデジタル表示される! 特にインチもミリも計れるというのが大きかった。なぜなら日本製のキットはミリ表示が多いが、海外のものになると大抵はインチ表示なのだ。だから今までは海外のキットで、長さなどを測る時は、定規と電卓が必要だった。だがこのノギスさえあればそんなものは必要ない、しかも、デジタル表示なので見誤ることはない。 なんだか宣伝しているみたいだが、本当にこのノギスには感動したのだ。だから今度はミツトヨ制のマイクロメータを買おうかとも思っている。これはネジ穴を開ける時の軸経を測るのに欲しい。たった一ミリの違いが、それまでの努力を水の泡にしてしまう事だってあるのだから、計測器の重要性は、工作においては重要なのだ。 ネギを一ミリごとに切ってください、と言われる事もなければ、一ミリぐらい間違っても上手い料理は作れるかもしれないが、工作では一ミリが命取りとなる。 今年の夏に、ミツトヨで不祥事が起きたらしい。それで生産量を自粛していると聞いた。こんどどうなるかは分からないが、クオリティーは下がらないで欲しいと願っている。計測器の精度は、誇れるものと思っている。たとえ、どんな事件があったとしても。 |
| 2006年11月03日(金曜日) | ||
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| いつもより三時間ほど遅く、9時頃に起床。窓から差し込む日差しが暴力的。窓際に工作台があるので、ちょっと眩しくて細かい箇所が見えない。コーヒーを飲みながら工作とは、優雅やな〜。 久しぶりに朝のニュース番組を見た。どこもかしこも、まだイジメ問題について語っている。しかもどれも新しい意見、主張もない。つまらない。使い回された事ばかりしゃべっている。二分ぐらい観てたらイライラしてきたので、録画していた「のだめカンタービレ」を観た。おもろいな〜。 昼頃、軽食を摂ってから白衣に着替えた。着物です。午後から祭りがあり、父の手伝いをするために、こういった礼装を着た。3分ぐらいで着替えられるほど慣れた。 我が家は、田舎だからか不明だが、いくつかの神社で宮司をつとめている。だから秋の祭りでは毎週、どこかの祭りで祭事を勤めている。今日は自宅から10キロ弱ほど離れた地区の神社へ。 毎年感じるが、人が少ない。参拝されている方は年配の方がほとんど。その割に、社まではかなりの勾配がある坂が続き、階段も結構きつい。お客様の事を考えていない設計だと思った。それに、祭りはほとんど地元のごく一部の有志によって行われ、楽しまれているように観られた。今後は、田舎の祭りは「同好会」のレベルで行われると予測される。 手伝いに行って、氏子の方々にご挨拶すると、食べ物やお酒などをいただける。と、いうより押しつけられた。向こうは親切心での行為だと思うのだが、この気さくさは、田舎では、特に年配の方には多い。これが大迷惑だ! 今日の祭りで、絶対に継がないと決意した。やりたい奴だけでやれっちゅーねん! 夕方頃、帰宅すると出版社から荷物が届いていた。ここ三ヶ月ほど楽しみにしていた品がついに完成してサンプルが届いた。あと二ヶ月ほどしたら公開できるだろう。 気分が一気に好転した! その気分のままホームセンタへ。ハンダや細々とした工具と木材を購入した。ひさしぶりに散財。でも8千円ぐらい。ついでに今更だが、ハロウィンの置物を購入。さらにテンションがあがった。 そのまま友人M岡氏の自宅へ。いろいろと話をしてから、後輩のH岡氏の自宅へ向かった。音楽の話を色々と聴いた。僕以外、みんな音楽畑の人間。違う分野の人と話をするのはすごく楽しい。 |
| 2006年11月04日(土曜日) | ||
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| なかなか爽やかな天気だった。 午前中から、仕事へ。なんでも結団式を兼ねたボーリング大会を行うらしく、うっかり、参加することになってしまった。 ボーリングは初めてで、玉の重さにちょっと驚いた。3ゲームほど行ったが、一人でやれば楽しいかも、というぐらいの感想。順位はブービーだった。順当だろう。 この結団式だか親睦会だか、よく分からない集いはお昼すぎまで続き、場所を変えて食事まで済ませた。 これが終わると、帰るついでに書店に寄って森博嗣氏の「どきどきフォノメソノン」を購入。ジャケットがとくかくかわいい。それから百円均一のお店へ。素通りしたくなるほど商品の種類が多い。まるでデパートみたいだ。こんなものまで百円なのか、と驚く物があるが、そういったものは、よくよく見るとやはり値段相応の品。厚紙とボールペンを購入した。どうも工具類をここで買うのはためらってしまう。 なので、次にホームセンタへ寄った。そこで塗料と紙ヤスリとサーフェイサを購入した。ついでに、電動工具類を下見。来年ぐらいには卓上ボール盤を導入したいな。その前に工作スペースをどこかに移動しなければ、と考えている。現在、工作台は、ベッドと同じ部屋にあるので、粉塵などがちょっと気になる。それに塗装も、臭いが気にある。シンナの臭いは嫌ではないが、それもちょっと危ないかも。 ここ二日、工作部は設備がちょっと整ったので、帰宅してから四時間近く工作をした。段ボールと厚紙を使った作品に挑戦。デキ、という凸型の機関車を作っている。この形がとても好きだ! 今夜は型を切り抜いて、ヤスリで成型するぐらい。 工作をしていると「あ、あれがいるな〜」とよくつぶやく。それだけ発展途上、という事なのだろう。設備にしても、技術にしても。接着剤も箱ごとストックしていないと、どうも不安。素材も段ボールいっぱいにしていないと不安だし、道具もそれぞれ予備が五本ぐらいないと不安でしかたない。今はまだ、これを作るからこれが必要だ、という風に道具や材料を購入しているが、いずれは、これが少ないからこれを買おう、という風にしたい。そして、道具や材料などのストックを万全にして、どっからでもかかってこい! みたいに構えていたいものだ。 ブービー賞でガラスの葡萄を貰った。寝る前に、ふと気づいた。それを忘れて帰った。月に一度はこういった忘れ物をしてしまう。ライターだったりたばこだったり、どれも「あっ……、まぉいっか」で終わってしまう。ちょっと残念だが。 |
| 2006年11月05日(日曜日) | ||
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| 昨夜、ちょっと夜更かしをして読書したせいか、休日らしくちょっと寝坊。 コーヒーを飲みながらメールをチェックしたり、お気に入りのサイトを二三チェックをした。朝食を食べて、すぐに工作をした。 切り抜いた型をセメンダインで接着して、その待ち時間に、台車部分の作成へ。ベニヤ板を切り抜いて、そこにドアにつける戸車を車輪代わりに四つ付けた。こういった本来の目的とは違う用途で部品を使うのは、面白い。なにが面白いって、使い道が閃いた瞬間がじつに楽しい。車輪の幅は、Gゲージに合わせた。まだGゲージの線路がないので、じっさいに合うかどうかは分からないが、それもまた楽しみだ。 11時頃、祭りのために外出。今日は地元の祭りで、しかも二カ所で同時開催。忙しい。父があちこちと掛け持ちするので、その穴埋めを行う。 思っていた以上に人が集まっているようだった。集まるだけで、ただそれだけの価値しかないのかもしれない。祭りの意義、祭事の意味などは「伝統」という言葉に置き換えられ、その手法はいずれ忘却されるのかもしれない。 昼食をいただいて、別の神社へ移動。 そこでは神楽が行われていた。演者の方は十代ぐらいがほとんどで、しなやかさと云うか激しさげあり、なかなか良かった。参拝される方のほとんどはその神楽を観るために来られたかと思う。そうでなければ福引きだろう。 三連休の間に三カ所ほど祭りに参加したが、いずれも衰退を感じ、それに抗う力もまた感じた。 そして、その抗う集団には入りたくはないと思った。なにより田舎独特のものなのか、誰も彼もが馴れ馴れしい。非常に不愉快だ。それに酒臭い。 みんなで集まって何か一つの事を成し遂げることが好きな人がいる。だが、一人でこっそりと色々な事をしたい人もいる。どちらが良いとか悪いとかないが、決して、強要すべきことではないし、みんなきっとこの方が楽しい、と決めつけるのはとても迷惑だ。酔っぱらいほどその傾向は強い。 いぐちは一人でこっそりとしている方が好きだ。時々、それは寂しくない? と訊かれる。「寂しいことが、楽しい人だっていますよ」 どうして、楽しい事を他人に依存してしまうのか不思議だ。 ここ4日ぐらい、小説の執筆が進んでいない。なかなか時間が取れない。今のところ、時間使用の優先順位は、工作、読書、小説、といった順位になっている。 家族や恋人がいる人は、どうしてもそれらの人に時間を割かなくてはいけない場合があるだろう。 僕はまだ、自分のことで精一杯だ。恋人に注ぐ時間も、家庭のために割く時間がとても惜しい。あと十年は、他人にかまうほど余裕はないだろう。まだまだ修行不足じゃ。 |
| 2006年11月06日(月曜日) | ||
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| 六時起床。名付けて「地獄起き」 ココアを飲みながら、メールを読んでいたら、「突撃地獄の一丁目」というサブジェクトで友人S崎氏からメールが届いた。六時半の事だ。何事かと思ったら、今晩お邪魔する、という一文だけだった。 朝食を食べて、少し作りかけの段ボール機関車を削ってから家を出た。これがいい眠気覚ましになる。みんなには勧められないが………。 夕方頃に帰宅してから、まずシャワーを浴びて、コーヒーを飲みながらメールやHPの処理を少々。それから工作か読者か小説の執筆かをする。大抵、帰宅してから寝るまでの5時間弱は、その三つを振り分ける。 二時間ほど工作をした。サーフェイスを塗った。初めての作業で、なかなか面白い。だが、一度部屋を出て、戻ってくると強烈なシンナの臭いに眩暈がした。僕はこの臭いに気にせずに三十分ぐらいサーフェイスを塗っていた。恐ろしい………。 その後に予告通りに、友人S崎氏が来た。部屋に入っての第一声は「いぐちがヤクに手ーつけたー!!」だった。この誤解は、なんど説明しても解け無かったが、誤解している方が安定している。真実とは、たいがいが不安定なのだ。 先日、宣言していたBL系の同人誌で、S崎氏が書いた漫画が出来たらしく、それを見せびらかしに来た。今年の夏ぐらいから書いていたらしく、なかなか上手かった。女性とは思えぬほど力強い。まるで二十年前の少年誌のようだ。だが、シャープだ。内容はともかく……。ジャンルは18禁BLらしいが、それでも甘い見通しのように思える。 ついでに、依頼されていた短編小説をプリントアウトして渡した。その場で読んで「まだまだ。もうちょっと乱れてよ」という意見をいただいた。自分の評価は、純分に淫靡なのだが、彼女の感性は、五年以上の付き合いだが、未だに分からない。 もう一つついでに、20年以上の付き合いだが、いぐちのことも未だに分からない。 |
| 2006年11月07日(火曜日) | ||
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| 寝坊してしまった。地獄起きして翌朝の事だ。名付けて「地獄起き返し」 慌てて朝食をたべてコーヒーをがぶ飲みして、ちょっと気分が悪くなりつつ、ちょこちょこっとメールチェックをしてから、家を出た。こういう慌ただしい朝に限って、忘れ物はまったくない。不思議だ。余裕のある優雅な朝は、ライターや財布やケイタイなんかを忘れてしまう。そういう構造をしているのかもしれない。もしくは容量の問題か……、たまには自分の責任とは思わないのか(>いぐち)。 休憩の時、いぐちは喫煙をするので工場の外へ出てベンチに座りながらタバコを吸うのだが……、寒い! 風が強い! 助けてジョニー! みたいな。先日の雨から、気温が一気に下がったのだろうか。なかなか火がつかない。細かい溶接用のターボライタを明日から持って行こうかとも考えたが、明日は明日の風が吹くので、却下。ちょっと重たいしね。 昨夜、午前零時まで居座った友人S崎氏から、夕方頃に電話がかかってきた。一時間ほど大学や友人のことの愚痴をこぼして、最後に「今朝ね、寝坊したんだよね。いぐちのせいだよ〜」と朗らかに歌うように言って、電話を切った。こんな事で怒ってはいけない。そういう修行だと思っている。日々、精進じゃ。 夜、一時間ほど小説を書いて、二千文字ほと進捗。まだまだ完成は遠い。予定はとうにすぎている。まるで締め切りを守らない小説家のようにルーズで、アマチュアのような内容だ。書いてる時は何者でもない。 工作も一時間ほど。きょうはちょこっと塗装。昨日、サーフェイスを塗った筆が、ノリをつけたように固まっていた。初めてのことで、ちょっと驚いた。どうしてだろう? どうすればほぐれるのか、ちょっと考えよう。仕事中にでも。 最近はもう「超なになに」とは聞かなくなった。もう飽きたのか、それとも「超」を付けることがなくなったのか、分からないが、三年ぐらいは飽き飽きするほど聞いたし、そのつど訂正をしていた。 国語辞書を引けば分かると思うが「超」は、程度がそれ以上であること、あるいは、それをさらに逸脱するものであることを表す言葉で、「超〜」と言っている方は「すごく〜」という意味合いで使っているのでしょう。 でも本来「超〜」とは、それを超えている、逸脱している、とあるように、否定の言葉なのです。だから「超むかつく」なんて言われても「むかつき、ではない」という意味。 いぐちは当初、そういう意味で取っていたので、なぜか相手の機嫌があからさまに悪くなってしまう事が多々あった。不思議でしょうがなかった。 違った意味で浸透している言葉は他にも沢山ある。諺や慣用句なんかもだ。でも間違った意味だから、必ずしも悪いとは思わない。むしろの方が良い、と思う言葉もある。 たとえば、「情けは人のためにならず」という諺(慣用句か?)があるが、意味はご存じの通り、人に情けをかけると巡り巡って自分に返ってくる、という意味で、これはどこか計算高く、偽善的な印象をいぐちは持っている。だから、言葉とおりに、情けをかけてはその人のためにはならない、という意味で使ったほうが、上品なように思える。 間違いは何もかも正せば善い、という訳ではない。時代によって、使い分けられないコンテンツは、死んでしまう。そういう言葉を死語と云うのだろうか(違うな)。 |
| 2006年11月08日(水曜日) | ||
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| 六時起床の地獄起き。朝、外に出たら吐き気がするほど寒かった。畑の方をみたら霜が降りていて、車のフロントガラスが凍っていた(と書いたらアンフェアだろう)。 いぐちは現在、通勤にステーションワゴンを使っている。これは馬鹿げた選択だと恥ずかしく思っている。七人乗りの自動車に一人乗って通勤しているのだから、大型トラックに段ボール一個だけ積み込んで走っているようなものだ。エネルギィがもったいない。このステーションワゴンは、介護用で数年前に購入して、普段は使わないということで、車を持っていない僕が通勤に使っている。早く、自分の車を購入しよう。ロードスターのような二人乗りのオープンカーを購入しようと思っているが、オープンカーで四輪駆動のものがなかなかない、それが悩みの種だ。この田舎、冬場で四駆の車でないということは、外出できないと同義なのだ。特に、いぐちは山道を下って通勤している、しかも細い、片側雑壁、時々大型トラックが通る、そんな悪条件の環境。 車を購入するか引っ越すか、それとも仕事を変えるか、色々と選択肢があり悩んでいるが、悩めるほど選択肢があるというのもの、豊かなことだな〜とも思っている。そうして、先送り。 帰宅してシャワーを浴びてから、メールの処理など。それから夕食を一人で摂った。ここ二日三食きちんと摂っている、だからちょっとおなかを下しぎみで体調が悪い。だが、デザートのヨーグルトはちょっと楽しみになっている。明日からはそれを夕食にしよう。 一時間ほど工作をした。今朝、出かける間際に赤の塗装をした。サーフェイサのおかげか、ちょっと良い色をしている。さっそく写真を撮った。 一時間ほど読書をした。小説を書こうと思ったが、読書に没頭してしまって、時間がなくなった。それでも千文字ほど書いた。なかなか進まない。 帰る途中にコンビニで中古車のカタログを買ったので、それをぱらぱらと眺めた。車の事にはあまり興味がなく、固有名詞を覚えるのも苦手で、種類とかメーカなどの名前もそんなにしらなかったが、結構あるな、と関心。しかし、日本車はどれもこれも似たり寄ったり格好悪いな、なんか。少なくともドイツ車の方がかっこいい。ミニカーを飾るなら日本車よりドイツ車だろう。ちなみにデスクトップには、ビートルとミニクーパーのミニカーが飾られている。やはりデザインが良い物は、時代を問わない。そのデザインに思想を感じられる、それが新しさを模索するような冷たさと静けさ。それが素晴らしいデザイン(設計)だと僕は思う。だから何年たっても飾っていたいほどかっこいい。たとえるならMacパソコンとWinパソコンだろう。もちろん前者の方が格好いい。 |
| 2006年11月09日(木曜日) | ||
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| すっきり八時間睡眠で六時に起床。外は寒い、部屋も寒い、これからはストーブくんに活躍してもらわなければならない。アラジンストーブだったか、ちょっとレトロな形のものが欲しいが、性能を考えると赤外線の方がいいか………。 赤外線で思い出したが、テレビのリモコンなどは赤外線を使っているが、信号を送るとき赤く光るタイプのものがある。あの赤い光を赤外線だと思っている人が、結構いる事が分かった。赤外線を使った電化製品の多くは、なぜか赤い光を発している、そのせいでその赤い光を赤外線だと勘違いしているのだろうか。職場でも赤外線センサが組み込まれた機器があり、それを指さして「ほら、赤外線が光ってるでしょ」と言われて「え、見えるんですか?」と本気で尋ねた。本当に驚いたのだ、その時の純粋な僕は。 もちろん、赤外線は肉眼では見えない。その波長は可視領域を超えているのだから。赤く光っているのはダイオードだろう。 などと二分ほど説明して、ついでに紫外線についても話してから、量子力学にまで及びそうになったので「ま、目に見えない力ってことですよ」で終えた。 ところで夜、地上の照明を、目を細めて見ると、光が長く尖って見える理由をどれだけの人が知っているだろうか。僕はその理由を最近知った。子供の頃に大人に尋ねたが誰も答えられなかった。 久しぶりに二時間ほど残業をしてしまって、帰る頃は外は真っ暗。お先真っ暗だよ。危ないなー。なんて暗い奴だ。まったく、危ないったらありゃしないじゃないのさ、おまえさん(口調が変)。 そして帰宅して部屋に入るとなぜか、見覚えのない服が数着置いてあって、びっくりした。怖い。すごく怖い。部屋のものが無くなるより、知らない内に室内の物が増える方がとても怖い。恐ろしい。確認すると、母親が買ったものらしく、一年も服を買ってないでしょ、という訳で心配したらしく、くれたらしい。まったく………迷惑なことだ。タンスは今の衣服ですら入りきらないっていうのに、そんな頼んでないものを貰っても、邪魔だしゴミになるだけ。非常に迷惑なことだ。母の気持ちも分からないでもないが、欲しくもない物を貰っても、それは迷惑であり嫌がらせと同じ。攻撃なのだ。サンタクロースも僕は嫌いだ。だけどサンタさんはいると思っている。 時間がないため、読書を三十分ほどして、HPの更新をしたら寝る。明日はもう少し時間が取れるだろう、そんな予感はとても甘美だ。 |
| 2006年11月10日(金曜日) | ||
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| 6時に起床したが、目覚ましが鳴らなかった。電池切れ………。放置。 コーヒーを飲みながら、メールを読んだ。寝ている間に10通ぐらい届くが、ほとんどは迷惑メールなので、そのままゴミ箱へ直行。残りも、読んだらゴミ箱。リプライが必要なメールはなかった。だが密かにYahoo!のブログを先月末に開設して、そこへのコメントにはちゃんと返事を書く。そろそろリンクを貼ろうかなとも思っている。 7時過ぎに家を出て会社へ向かったが、僕が住んでいる田舎は高地で、山の山間部というより頂上部という表現が近いだろう、麓に降りると霧がすごかった。ライトがなければ5メートル先から突如と車が表れ何度か驚いた。それぐらい濃い。怖いな……。もっと怖いのは雪だが、雪が降ったら決死の覚悟というか事故を前提とした通勤というか、転職を真剣に考える季節になる。 夜の7時過ぎに帰宅して、まずシャワーを浴びてからメールの読んだ。友人S崎氏からパソコントラブルの救助メールが届いて、文末に「来い!」と切実な文章があったが、メールだけ送って処理した。理由は、車で40分もかけて行くのが面倒だったから。Macに代えるように助言をした。 明日が休みということで夜更かしが出来る。そう思うと何をしようかと昼間から考えていたが、今夜は読書と工作を少々やっただけ。小説の執筆は明日に回した。怠けているなと自己分析。その代わり、常連のサイトを回って、メルフォやBBSになどへの書き込みをした。ついでに友人へのメールも。書き物系は、これぐらい。 知人や友人にこんな事を話すと七割驚き二割変人扱いされる。 いぐちは時と場合によって人格を変える。人格というより性格や態度や口調と言った方が正しいかもしれないが、人格と言った方が説明が色々と省け通じやすいからそう言っている。 家族に対する人格、仕事場での人格、友人の前での人格、プライベートの人格、と色々と用途を使い分けている。さらに言えば、小説を書いている時は、最低でも3つの人格が一つのディスプレィの中にウインドウとして展開している状態だ。この場合の人格は、視点と言って方が近似だろう。 時と場合、相手によって態度を変える。これは僕は、普通の事だと思っている。たとえば親しい友人と同じように、首相と接する人はいるだろうか? 子供と遊んでいる時と仕事をしている時は? 好きな人と接する時と嫌いな人と接する時の態度は同じだろうか? 昨日の自分と、明日の自分は違うはずだ。 すべての人がそうだと言うつもりはないが、万人に対して常に同じスタンスで接する人は少数だと思う。なんの根拠もないが。多くの人は、状況に応じて、口調なり態度なり姿勢なりを使い分けているだろう。その明確さ、構築、分類の差はあるだろうが。 小説を書いている時、僕の頭の中では色々な人格が働いている。本当に、いぐちというOSがあり、いくつかの人格がウインドウを開いて各自で作業しているような状態に近い。ある人格は物語の主人公の人格で心情を語りかけ、ある人格は登場人物の一人、ある人格は読者、あるウインドウは物語を映像展開し、そしてイグチは全体をなるべく高い位置から客観的に視ようとしている。そんな脳内状況で小説を執筆しているから、なかなか持続しない。 そんな執筆状況を話すと、ある人は「え、いぐちは二重人格なのか!?」と驚き尋ねるが、僕は即座に否定する。「そんなわけないじゃん。やめてよ、そいうの!」と言って両手を突き出して横に振る。 「僕はもっと複雑だよ」 そういうと、友人は黙って帰ってしまった。 |
| 2006年11月11日(土曜日) | ||
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| 平日より二時間ほどゆっくり眠った。爽やかな目覚めだ。だが眠りにつく方がずっと爽やかだ。死ぬときもこんな爽やかなに意識を失いたいものだ。 いつものようにコーヒーを飲みながらメールを読んで常連のサイトをまわる。好きな作家のサイトと鉄道関係、イラスト系サイト、それから自分のサイトをまわると一時間ぐらい。それから朝食を食べた。ヨーグルトとみそ汁とごま団子。何かが足りないような、無秩序なようなメニュー。 ちょこちょこっと工作をした。機関車の屋根をつくって、サーフェイサを塗る。換気が必要だ。マスクも必要かもしれない、だがスプレータイプに変えようかとも思っている。サーフェイサは30十分ぐらいで乾くので、屋根は黒に塗って、後は小物、装飾を作る予定。 昼からは読書。4時間ほどかけて、森博嗣氏の「どきどきフェノメノン」を読了。面白かった。何が面白いって、書き方、文体と云うのだろうか、脈略が面白い。そして、視点がとても勉強になる。これは読んでいて面白い視点だと思った。一人称のようで、三人称なのだろう(おそらく)。 気持ちの良い読了感に浸って、一服してからホームセンタへ向かった。本日の目当ては糸鋸と筆。客よりも店員の方が多いというとてもすてきなホームセンタが家から15分弱ほどの距離にある。まず糸鋸の品定めをしていると、ちかくにハンドソーがあって、どちらを買おうかまよったが当初の予定通り糸鋸を買った。それから塗装用の筆を一組と刷毛を一本籠に入れて、それから金属素材を観た。模型工作とは関係のないコーナーを見渡して、そこから細かい部品が使えないかと考えながら観るのは楽しい。200円ぐらい細かい金属素材を購入。金属や木材で、細かく切り取られた素材より、大きい素材のほうが安いな、と感じた。ホームセンタはなかなか飽きさせない場所だ。電動工具が安売りされていた、ディスクグラインダーや双頭グラインダーなどが二千円ほどで売られていた。ちょっと迷ったが、これらは安い物を買うのは後々損をするぞ、と頭の中の電光掲示板に過去の経験を訴えてきたので保留した。 ホームセンタから、そのまま近所の友人M岡氏の自宅へ。そこで久しぶりに同級生に会った。それからファミレスにいって、夜食を摂って、そのままだらだらと話をした。なかなか身近なところで柵が発生しているように感じた。 出来うる限り、素直に、そしたシンプルに生活したいものだ。 最近、いぐちの周りでは恋愛で悩んでいる方が増えてきた。友人で三人ほど、そんな話を聞いた。こういった悩みというか相談というか話は、聞いていると面白い。なにが面白いって、その人の珍しい人格がちょこっと表れる。その挙動を観察するのは、話の内容はともかく、面白いものだ。 話は、半分ぐらい聞くと「えっと、何が問題なの?」とたいてい思ってしまう。話している方も、何を悩んでいるのか、どうして問題なのが、判断基準が不明瞭だったりと、把握ができていないように見え、行動しようかどうか躊躇っている状態で停滞してしまっている。だから「やってみれば?」の一言で片づけてしまう。そうすると「そうだよな、でもな〜」とまた悩む。その繰り返しだ。堂々巡りというか、花園の回廊をぐるぐる回るというか、どんどん橋廻るというか、不毛な会話なのだ。 正直言ってつまらない話なので、揺さぶってみたらり、新たな問題を提示してあげたり、妄想をぶちこわしてあげたりと、僕なりに楽しみをつくったりしている。 いぐちは、恋愛をしたいとも思ったことはない。たとえるなら、サッカーをするより、観ている方が好き、みたいな観客の立場が好きだったりする。実際にプレイしたいと思う事はなかった。傍観者の位置が、客観的に物がごとを把握できる。それなのに、小説ではラブストーリィを書いているのだから、不思議なものだ。たぶんミステリィより恋愛の方が、客観的に観ることが出来るからだと思う。少なくとも、だが。 そもそも、一般的に恋愛対象が他人だけと思いこまれていうのが不愉快なのだ。僕は、万物すべての物を愛している! (たまには嘘もいいでしょう>たまに、か?) |
| 2006年11月12日(日曜日) | ||
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| 時間は、土曜日の深夜。そこから今日は書かなければならないだろう。 昨夜、午前二時まで友人M岡氏の自宅にお邪魔していた。ついつい話が盛り上がった(いぐちは聞いていただけ)。そしてそろそろ帰ろうと、M岡氏の家を出て車を運転していると、電話がかかってきた。友人S崎氏からだった。こんな時間に何事か、と普段は思うのだが(その前に気づかないだろう)、数時間前から何通かメールが来ていた。 「緊急。家に来て!!!」という内容のメールが5通ぐらい来て、その度に僕は「無理」と一言だけ返した。ケイタイでメールを打つとどうしても手短になる。そう云った前兆があったので、今度は電話か、とため息をつきながら車を停止させてから出た。内容は「家に来て!助けて!」という内容だった。だが、もう午前二時をまわっている。眠い。こんな夜に友人とは云え、女性の部屋へいくのは如何なものか、というノスタルジアな人格が説教するので、断り続けたが、結局、彼女の脅迫……もとい、緊迫した救助を求む声に負け、家へ向かった。 そして40分後、彼女の家について部屋に入ると、二秒後、状況を把握して、すぐに玄関に戻ろうとしたが、もう敵の手中にはまっていた。お釈迦様の手のひら上にいるようなものだ。お釈迦様というより、僕には、彼女の背後に魍魎がいるように見えた(京極堂の影響かもしれない)。 部屋にはS崎氏の他、彼女の大学の友人が2名(初対面だ)が、テーブルを囲んで漫画を描いていた。そしてS崎氏も自分の机で作業をしている途中だというのが分かった。まるで噂に聞く、締め切り間近の漫画家のアトリエのようだった。違う点は、彼女たちは漫画家ではない、ということだ。 初対面の方に自己紹介をする暇もなく、S崎氏の机の横に座らされ、トーンとか云う物の貼り方を教わり、人物の髪を黒く塗るように指示された。この状況の説明すらされないままだ。 作業中に顔を見ずに簡単に自己紹介をして、ごくごく簡単にこの状況について説明された。予想通りだった。詳しい事情は知りたくはない、聞いたらどこまで関わることになるか考えただけで恐ろしかったからだ。 緊迫した救助メッセージだったのだが、部屋の雰囲気はほのぼのとしていた。S崎氏の演技力について、情報を更新した。そして一時間後には作業は終わった。ふと、僕が来る必要はあったのだろうかと、思ったが隣に空手の有段者が居るので口には出来なかった。 その後、リビングのソファで仮眠させてもらおうと思ったが、元気なお嬢様方の話に息継ぎのように強制参加されられたため、眠れなかった。朝の八時頃になって、S崎氏の友人二人は帰られた。なぜあんなにも元気なのか尋ねたら、夕方に4時間ほど寝ていたらしい。僕はすでに連続起床時間を20時間超えていた。眠い、と頭の中では怠け者の人格が忙しく合唱している。それでもお腹は空いているので、S崎氏が用意してくれた朝食をちょって、ソファに座ると隙をみて気絶した。 起きたら昼を過ぎていた。まだ寝たりないが、これ以上居座るのも悪いので(僕の体にとって)、早々に帰った。 友人M岡氏の家から出て半日後に自宅に到着した。すぐに寝直そうと思ったが、夜に眠れなくなったら明日の仕事はつらいので、我慢して工作をした。 ハンダ付けに挑戦したが、思うように上手くいかない。どうしたのものか、と考えなら繰り返してみたが、これを作るのはハンダ付けでない方がいいのかも、と思ってやめた。あとは細々としたパーツを接着。 二時間ほど小説を書いた。毎日、少しでも書こうと思うのだがなかなか続かない。豆腐のような意志だ。けど、まったく反省しないのだからダイヤモンドのような意志とも喩えられる。5万5千文字になって、ちょっと物語になにか捻りが欲しくなったので、中断した考えた。そうすると色々と修正しなければいけない点が出てきた。そういった物はすぐには修正せずに、文末あたりにメモとした書きためている。 夜になり、お風呂にはいったらようやく眠気が覚めた。もう夜の7時を過ぎているのに……。冷蔵庫に、先週の祭りで酔っぱらいの方から貰った缶ビールがあって、それを一口飲んで、やめた。以前は酒は飲めたのだが、小説や工作をするようになって、酒を飲んだ後に、それらの事が出来ない事が不自由に思ってやめた。だが、冷蔵庫にビールがあると、このまま捨てるのももったいないように思えて飲んだのだが、結局飲みきれず捨てる。しかも、体の調子がわるくなる。 もったいない、という感覚が必ずしも善良なものではない。その「もったいない」という言葉に支配される行動こそ、じつにもったいない状況を招くこともある。これは類似した状況を仕事中にも起こる。失敗をして、慌ててその失敗の損を取り戻そうとする、そうすることでより深刻な失敗を招いてしまう。これは失敗すると怒られるから、すぐに元の状態に戻そうとするからいけないのだろう。まずは慌てず落ち着こう。そして、怒られるような失敗は、軽い物だ、なんとかなる失敗なのだ。本当に取り返しのつかない失敗をしたら、怒るどころではないだろう。そんな失敗をしたとき「ま、コーヒーでも飲んで一息いれようか」と言える上司になりたいものだ。私の職場には、そんな上司がいる。自分は恵まれた環境にいるな、としみじみ思った。 |
| 2006年11月13日(月曜日) | ||
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| 寒い。目覚めて寒さとシンナの臭いでなかなか布団から出たくない。外に出ると車のフロントガラスに霜が降りていた。家を出る十分ぐらい前に車のエンジンをかけて、車内を暖めようとしているが、それをよく忘れる。8割方忘れてしまう。 コーヒーを飲みながらHPのアップとブログの更新。二つのサイトを運営しているが、コンテンツとしては同じなので、苦労はしていない。そろそろ差別化、というか違いを出していこうとちょっと考えている。ブログを架空日記、というか私小説風の日記にしてみる、とか。 通勤の際、山を下る途中で、麓の町が霧に包まれている、というか霧が乗りかかっているのを観た。これはぜひ写真を撮りたいぐらい面白い風景なのだが、近々写真を撮ろう思う。その霧の中に入っていくのだが、怖い怖い。怖くて身震いしてしまう。寒い寒い。 昼はなかなか気持ちいい日差しが出ていた。秋晴れだ。涼しいというより寒い、といぐちは感じるが。 夜の7時頃に帰宅して、すぐにシャワーを浴びて、コーラを飲みながらメールを読んだ。夏から今年最大の仕事(投資)が一段落ついた、という報告と、ホラーを書いてみては如何ですか、というアドバイスのメールが届いていた。なるほどホラーか、ホラー小説は読んだことないので、書いてみたいと思った。その前に、パラサイト・イヴをまだ段ボールに入れたまま読んでいないので、それを読もうかと思う。理系ホラーと聞いている。楽しみだ(書くのが)。 その後、一時間ぐらい小説を二千文字ほど書いた。そろそろ伏線が使っていこうかな、という状況。楽しみだ(書くのが)。 今夜は工作はお休み。明日の朝、寝坊しなければちょっと塗装をしようと思う。 先日、友人三人とファミレスに行ったとき、僕はパフェを頼んだ。それを見た友人は「ほら、いぐちみたいに、開きなおってみろよ」と言った。さて、何のことやら? いぐちは、開き直っては居ないし悟りも開いていない。きっとそれを言った友人は、二十歳過ぎた男が、野郎四人の中で唯一パフェを堪能しているのが、可笑しかったのだろう。ぼくは好きな物を頼んだだけなのに……。 慌てず、落ち着いて。恐れず、素直に。 それが今のいぐちの信条なので、なるべくそういう姿勢を取っているだけのことだ。それが不思議に写ったらしい(というか、そう言っていた)。 素直にいたい。そう言うと、我が儘と混合されるが、それは違う。我が儘は行動であって、僕がいう素直とは思考の事なのです。何かを見てこう思った、それなのに他人を意識して「いや、違うだろ」と修正を施すことが疲れるだけ。ようは怠けている。なるべく自分の感性、思考には「他人」を排除したい。素直な思考とは、孤独なものだと思う。孤独は大好きだ。 自分の外見は鏡を見て認識している、他人がどう思っているのか言動から曖昧ながらも収集している。それでもブライス人形を見て、かわいいと思うし、欲しいと言ったりもする。 ついでに、あまり身なりは気にしない。朝、鏡を見ずに家を出るので、人に言われて寝癖に気づいたりする。身だしなみで嫌われるなら、嫌われてもいい。そんな評価は、少なくとも僕には影響はない。なぜなら、それはイグチの本質ではないのだから。でも、素直な意見は尊重しよう。 |
| 2006年11月14日(火曜日) | ||
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| 朝、雨が降っていたおかげでしょうか、昨日よりは寒くはありませんでした。 6時に起きて、コーヒーを飲みながら昨夜の「のだめカンタービレ」を観ました。スゴイですね、このドラマ。音響と美術スタッフの力の入れようがスゴイ。オーケストラを鑑賞したくなりました。それにちょこっとドラマに、ダウンタウンの松本人志氏が出ていたのには驚きました。すごいな、ほんとに。マングース、かわいかったデス。もうラブに近似です。 お昼頃から、ちょっとセキが頻繁で出てしまう。どうやら風邪をうつされたかもしれない。それでも二時間ほど残業した。こんな事はしたくない。もし、自分の仕事を調整出来るのなら、すぐに帰っただろう。無理をしてがんばるなんて、馬鹿げていることだと思っている。風邪(感染する病気)にかかっているなら、絶対に仕事には出ない。体調が悪いのにがんばってる、というのはどうも好評価を得ているようだが、それは単に自分勝手で、他人に病気を感染させる可能性が高い環境を作る、安全を脅かしているのだ。もし明日の朝、調子が悪ければ欠勤しよう、と決めた。 そんな体調もあって、小説は十分ほど。工作は、機関車の屋根を作り直し、サーフェイサを塗るぐらい。後はこのHPの更新をして、眠る事にした。現在、椎間板ヘルニアなので薬を飲んでいる、だから、それ以外の薬を飲まないようにしている。なのに、ちょっとでも体調が悪ければ、食事を抜いて寝ることにしている。これでも入院の経験はない(らしい)。 昨日、名演技によって深夜に僕を呼び出して、こき使いやがった猫目の大阪の女、友人S崎氏から、お礼メールがたった今届いた。いつものように、次の日の講義には遅れたという愚痴から始まって、その後にお礼の言葉があった。どうやら漫画の方は、危機を脱したようだ。また来月、山場があるらしいが、それとなく参加をほのめかしていた(誰が行くものか!)。日曜日のお礼に、漫画をいくつかあげよう、と言っていたが、それは単に古本の処分ではないかと思う。ゴミ集積所に持って行くか、いぐちの部屋に持って行くかの違い。目的は一緒だろう。ま、せっかくなのでいくつか頂く事にした。お返しに、読み終わった小説を進呈することにした。読み返しはしないので、たまる一方なのだ。本棚ではなくて、段ボールで収納した方がいいかもしれない。 |
| 2006年11月15日(水曜日) | ||
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| いつも通りに6時頃に起床。起きたのだが、いきなりセキで殴打されたようなダメージをくらい、節々が痛かった。寝る前より症状は悪化しているようだ。なにがいけなかったのだろうか………。 予定していた通りに、上司に電話して欠勤する旨を伝えた。 それでもいつも通りに、コーヒーを飲みながらメールを読んだり、HPのアップなどを処理した。大阪に憧れている友人S崎氏から、今夜約束した漫画を持って行く、というメールが届いたが、こんな体調なのでお断りした。「風邪をひいています。うつされたくなければ来るな」というちょっと脅迫的に。体調が悪いと、こんな人格になるのかもしれない。 ベッドに入って、テレビを観た。ぼんやりとした思考。なにやら十時から何十億という金が動く会見があるらしい。あまり興味はない、意識も朦朧だ。一時間ほど、気絶した。 昼になってちょっと症状が軽くなったので、デスクについて常連サイトを廻ったりした。それから工作をちょこっとした。すると、だいぶ体調が良くなった。なぜだろう、椅子に座ってパソコンを操作するのも、工作をしているのも、どちらも安静にしている事なのか……。あまり深く考えられない状態なのが惜しい。 夕方頃、ネットで注文していた本が届いた。漫画と小説。漫画をすぐに読むことにした。萩尾望都先生の「あぶない丘の家」です。これは僕が生まれる頃の漫画らしいが、それでも十分いまでも通用する。むしろ新しくさえ感じる。それぐらい先進的なのでしょう、萩尾先生の感性は。カメラワークや間が素晴らしい。なによりタイトルがオシャレではないか。まだ半分ほどしか読んでいないが、予測がたたない。 夜。何を血迷ったか、年末に大阪に旅行に行くと浮かれている友人S崎氏がやってきた。大きな紙袋を両手に携えてだ。中身は漫画。少女漫画。ざっと三十冊ぐらいあるだろうか。そんなに沢山はいらないので、選別して十冊ほど気に入った物をいただくことにした。お礼に、小説を差し上げようとしたが、断られた。理由を尋ねると「あれは字ばっかりで、つまらん」だ、そうです。漫画と一緒に、風邪薬を買ってきてくださった。彼女にしては珍しい気配りだ。どれぐらい珍しいかというと、いぐちがジャニーズ事務所に入るぐらいの確率だ。思わず眩暈がして「本当に風邪薬なの? 痛風の薬じゃないよね」と尋ねてしまった。幸い、ちゃんと風邪薬であった。ありがとうございました。 帰り際、彼女はこんなセリフを残した。「病気の時の方が、いい人になるよね。ずっと治らなければ聖人になれるよ」 あのね……(笑) |